Ren Ishikawa Instagram – 私の第二の故郷、秋田県男鹿市👹🌾
祖母に会いに帰ってきました。
長文になってしまいますが、絶対に忘れたくないのでここに記します。
ここに至るまでには本当にいろいろなことがあって、うまく話せる自信がないからそれは省かせてもらいますが、実は18年ぶりなんです。
途轍もなく長い時間が経っていました。
昔は父が栃木から運転して連れて行ってくれていた同じ道を、(私は秋田空港からだけど)初めて自分で運転して行った。
ばあちゃんの家に近付けば近付くほど思い出が蘇ってきて、ドキドキして胸がきゅっとなった。
その懐かしくて美しい景色の先に、ばあちゃんが待っていてくれた。
ばあちゃんの顔を見た瞬間、この18年の間のいろいろな感情が涙と一緒に溢れ出した。
ばあちゃんは84歳になって、ばあちゃんもばあちゃんちも年を取ったけど、何も変わってない。
私の大好きなまま、そこに存在し続けてくれていた。
お手洗いも変わっていなかった!
ばあちゃんちのぼっとんトイレ。(若い子は知らないかな?笑)
子どもの頃は落ちたらどうしようって怖かったなぁ。
じいちゃんのお仏壇にお線香をあげてから、ばあちゃんの作ってくれたお昼ご飯を一緒に食べた。
だまこ汁。だまこもばあちゃんお手製だって。
あたたかくて、美味しくて、何をするにもやっぱり涙が止まらない。
ばあちゃんは私が中学生の時に送った手紙や写真を大切に取ってくれていた。
それを見ながら、長い時間を埋めるかのようにたくさん話をした。
「恋ちゃんにはもう会えないんじゃないかってばあちゃん諦めムードだったよ。
楽しみで楽しみで、今日が待ちきれなかった。
元気で生きていればこんなに嬉しいことがあるんだね。」
ばあちゃんはそう言った。
私も会いたかった。なかなか来られなくてごめんね。
ばあちゃんはずっと待っていてくれたのに、少しの勇気を出せばこんなに簡単なことだったのに、どうしてずっとできなかったんだろう。
そんな後悔が押し寄せたけれど、今会いに来られたことをまずは喜びたかった。
ばあちゃんに会ったら、昔家族で秋田に帰るのが楽しみで仕方なかったこと。
ばあちゃんのことが大好きでしょうがなかったこと。
ばあちゃんちから帰る時は寂しくて帰りたくなくて、毎回大泣きしていたこと。
ばあちゃんと手を繋いで海へ行ったこと。
漁師だったじいちゃんとばあちゃんと船に乗って漁に一緒に連れて行ってもらったこと。
ばあちゃんが父や母に内緒で、1日1本オロナミンCを飲ませてくれたこと。
だから今もオロナミンCが大好きなこと。
全部、思い出した。
そして気付いたことがある。
私の目はばあちゃんに似ている。
私にはしっかりと、石川家の血も流れている。
働き者で優しくて、逞しくて頼もしいばあちゃん。
家族や近所の人たちみんなから愛されているばあちゃん。
そんなばあちゃんから受け継がれているものが私にも確かにあった。
それが本当に誇らしかった。
ばあちゃんとたくさんハグをした。
昔みたいに手を繋いで歩いた。
大好きだよってたくさんたくさん伝えて、絶対にまた会いにくることを約束して、ばあちゃんちを後にした。
ばあちゃんはガラケーを使っていて、私の情報は親戚が伝えてくれていたみたいだけど、なかなか自分で見つけるのは難しいそう。
だからばあちゃんちのあの居間にあるテレビで、ばあちゃんがすぐに見られるようなドラマや番組に出たい。
もっともっとばあちゃんに届くように頑張らなきゃ。
と、私にはまた一つ新しい目標ができ、今心がメラメラと燃えています。
こんな私が偉そうに言えることではないけど、みんなにも、会いたい人には会える時に会ってほしい。
ありがとう、大好きだよってちゃんと言葉にして伝えてほしい。
それがどんなに尊いことか、今回私は身に沁みて感じました。
ずっとわだかまりがあった。
それが一つ解けた。解くことができた。
自分にとってとても大きな1歩でした。
実はまだ他にもう少し残っているけれど、それもきっと今の自分なら、近いうちに解消できると思うんだ!
最後に、私のルーツをめぐる旅に付き合ってくれたハル @kon_543 🌷
ハルが一緒に行こうよ、恋の家族に会いたいよって背中を押してくれたんです。
ばあちゃんとの素敵な写真もたくさん撮ってくれました。
宝物です。本当に本当にありがとう。
他にもいろいろな場所へ赴いたので、それはまた今度🐻❄️ | Posted on 31/Mar/2025 13:49:24



